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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)80号 判決

第八〇号事件控訴人、第八七号事件被控訴人(第一審被告) 内藤寛

第八〇号事件控訴人、第八七号事件被控訴人(第一審被告) 株式会社富士タクシー

右代表者代表取締役 内藤寛

右第一審被告両名訴訟代理人弁護士 角田義一

右訴訟復代理人弁護士 角田由起子

同 山田謙治

第八七号事件控訴人、第八〇号事件被控訴人(第一審原告) 木村愛子

〈ほか二名〉

右第一審原告三名訴訟代理人弁護士 橋本純人

主文

第一審原告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

第一審被告らは各自、第一審原告木村愛子に対し金四二九万一、二四一円、第一審原告木村祐子、同木村和義に対し各金三八六万七、三〇九円及び右金四二九万一、二四一円のうち金三八九万一、二四一円、右金三八六万七、三〇九円のうち金三五一万七、三〇九円に対する昭和四六年一〇月七日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第一審原告らのその余の請求を棄却する。

第一審被告らの控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告らの、それぞれ負担とする。

この判決第二項は、かりに執行することができる。

事実

第一審被告ら代理人は、第八〇号事件につき「原判決中、第一審被告ら勝訴部分を除き、その余を取消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第八七号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

第一審原告ら代理人は、第八七号事件につき「原判決中、第一審原告ら勝訴部分を除き、その余を取消す。第一審被告らは各自、第一審原告らに対し各金三〇〇万〇、五〇三円及び各内金二九〇万〇、五〇三円に対する昭和四六年一〇月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに金員支払いを命ずる部分につき仮執行宣言を求め、第八〇号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

原判決二枚目裏八行目に「北進中」とあるのを「東進中」と、同裏九行目に「南進」とあるのを「西進」と、同三枚目裏一行目に「被告内藤をして、」とあるのを「被告内藤により、」と、それぞれ訂正する。

第一審被告ら代理人は、当審における主張を次のとおり述べた。

一、本件事故は、第一審被告内藤が被告車を運転して時速三、四キロメートルでユーターンを開始したところ、時速約六〇キロメートルの高速で暴走して来た木村車を発見したので直ちに停車したのに、木村車がそのまゝ疾走して駐車中の西山車に追突したものであって、それは亡木村三郎の無謀運転に起因し同人の一方的過失に基づくものである。

二、原判決は、第一審原告らに対する慰藉料として合計金八〇〇万円を認容しているが、第一審原告らが本件において慰藉料として訴求しているのは、各自金一五〇万円、合計金四五〇万円である。原判決は、第一審原告らの申立を超える判決をしたものであり、民事訴訟法第一八六条の解釈適用を誤っている。かりに、原判決の如く第一審原告らの申立総額の範囲内において、その申立額を超える慰藉料額を認容することが法律上可能であるとしても、右民訴法の趣旨からしてその増額は僅少であるべきであるのに、本件において原判決が申立慰藉料額の倍近い金額を認容したのは、法律の解釈適用を誤ったものである。

第一審原告ら代理人は、当審における主張を次のとおり述べた。

一、第一審被告らの当審における主張第一項は争う。亡木村三郎は時速約四〇キロメートルの制限速度で直進していたところ、不注意な転回をした第一審被告内藤が被告車ボンネット前部を木村の腰部に、前部バンパー左側部分及びナンバープレートを木村車の右側風防右端部分に、それぞれ接触させ、木村車の進行を妨害した結果、木村車が西山車に追突したものであって、本件事故はもっぱら第一審被告内藤の過失によって発生したものである。

二、同第二項の主張は争う。不法行為による身体の侵害の場合において、財産的損害の賠償債権と精神的損害の賠償債権とは、それぞれ独立の訴訟物をなす別箇の請求権となるのではなく、身体を被害法益とする一個の不法行為の損害賠償債権の損害の費目として、財産的なものと精神的なものが区別されるに過ぎない。積極損害、逸失利益、慰藉料の費目は資料としての主張に止まるのである。したがって、費目の一々の主張と認定との間ではなく、総額の主張と認定との間においてのみ民事訴訟法第一八六条の拘束を考えれば足りるのである。全体が一箇の訴訟物であるから、慰藉料につき当事者の主張を超えた額を認定しても、全体として主張額の範囲内であれば同条に反するものではない。慰藉料の算定は裁判所の自由な心証によるものであり、その額は当事者の主張に拘束されないものであって弁論主義の適用外である。なお、第一審原告らは第一審以来、その受けるべき慰藉料額は各自それぞれ少くとも金一五〇万円以上であるとの主張を維持している。

三、原判決はライプニッツ式計算法によって中間利息を控除しているが損害賠償金が複利をもって利殖されるのが一般であるとは経験則上考えられないこと、及び本件損害賠償認容額に対する遅延損害金が複利計算によるものでないこととの均衡を考えれば、中間利息を複利計算によって控除するライプニッツ式よりは、年毎に単利計算によって控除するホフマン式の方が逸失利益の現在価値を算出する方法として衡平を失しない妥当なものといわなければならない。なお本件は、三六年に達しない期間につきホフマン式計算を行う場合であるから、いわゆる単利年金現価率が二〇を超える場合に賠償金元金から生ずる利息だけで年間の逸失利益を超えることになって被害者に不当に有利となるというホフマン式の不合理が生ずることもないのである。

四、かりに、逸失利益の計算につきライプニッツ式の適用が妥当としても、原判決はその計算方法を誤っている。すなわち原判決認定の木村三郎が受給する収入の年総額は同人が今後二二年間にわたって受取る年金であるから、その逸失利益の現価は法定利率による複利年金現価表によって求めるべきであり、これによって計算すれば、木村三郎の逸失利益は金一、三九九万七、五一〇円とならなければならない。しかるに、原判決は右年総額が毎年金であることを忘れ、二二年先に一括受領する退職金の如きと同様に考え、漫然と単なる複利現価表を用い、右年総額から生活費三割を控除した額を二二倍した額に〇、三四一八四九八七を乗じて金七九九万七、四九四円を算出しているのである。

《証拠関係省略》

理由

一、本件事故の発生

第一審被告内藤が昭和四六年七月二三日午後六時一五分ころ桐生市錦町三丁目五番八号先市道美原線上において営業用乗用車(群五五あ一八号、以下被告車という)を運転していわゆるユーターンしていた際、木村三郎が運転して同所を進行中の自動二輪車(桐生市か七七八五号、以下、木村車という)がその前方に停車していた西山力右所有の小型貨物自動車(以下、西山車という)後部に追突し、木村三郎は同日午後七時三〇分ころ頭蓋底骨折のため死亡したことは当事者間に争いがない。

二、事故現場及び事故発生の状況

《証拠省略》を綜合すると、次の事実が認められる。

本件現場道路は西方、厚生綜合病院方面から東方、本町通りに至って、右本町通りにほぼ直角に交差し、アスファルト舗装がなされ、車道幅員一二、〇五メートルの広い平坦、直線道路で、見通しが良く、その両側は幅員二、四メートルの歩道をおいて住宅商店が並ぶ市街地となっており、現場道路の交通規制として最高速度毎時四〇キロメートル、追越禁止となっているが転回禁止の交通規制はない。

第一審被告内藤は、前記日時場所において、厚生綜合病院方面(西方)に向け道路左側(南側)に被告車を停車させ乗客を降し、同車を発進させて同所路上を東方本町通り方面に向けユーターン(転回)しようとしたのであるが、当時まだ明るく、また見通しが妨げられるほど混雑した交通状況でなかったのに、対向車線における交通安全の確認を怠り、おりから対向車線を厚生総合病院方面(西方)から本町通り方面(東方)に向け時速約四〇キロメートルで直進していた木村車を看過して転回を始め、時速約五キロメートルでセンターライン付近に至った際、木村車が右対向車線の中央付近を減速等の措置をとらずそのまゝ直進して来たのを左斜め前方約九メートルの直近で発見し、急停車の措置をとったが間に合わず自車前部バンパー左側部分を木村車の右側風防の右端付近に接触させ、木村三郎の運転を誤らせて同所道路左端(北側)に駐車中の西山車荷台後部に衝突転倒させ、その結果木村三郎は前記のように頭蓋底骨折のため死亡した。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》

三、双方の過失及び過失割合

自動車の運転者が道路上で転回するにあたっては、前方、左右の交通の安全を確認し他の車輛の正常な交通を妨害するおそれがあるような転回を避けるべき注意義務があるのに、第一審被告内藤は、当時見通しが妨げられるほど混雑した交通状況ではなかったのに対向車線における交通安全の確認を怠り木村車の進行して来るのを看過して転回を始め、センターラインを越え対向車線上で木村車の直進を妨げたものであって、これが本件事故の主たる原因をなすものであるから、本件事故は主として同被告の過失に起因するものというべく、その過失の程度は後記被害者木村三郎の過失と比較して著しく大きいといわなければならない。

他方、被害者木村三郎も前記のような当時における交通状況等から考えて、転回して来る被告車を早期に発見し減速進行するなどの措置をとり得た筈であるのに、前記のように時速約四〇キロメートルで車線中央付近をそのまゝ進行したものであって、これも本件事故発生の原因となっていると認められるから、同人も本件事故発生につき過失の責を免れない。しかし、元来本件事故は木村車の進行する車線上で第一審被告内藤が木村車の直進を妨げたことによって発生したものであり、また当時木村車が進行する車線の左側端には西山車が駐車しておりその左側進行を妨げていたことなどを考慮すると、木村三郎の過失の程度は比較的小さいというべきである。

以上を綜合検討すれば、本件事故発生に対する過失割合は、第一審被告側において八〇パーセント程度、被害者木村側において二〇パーセント程度と認めるのが相当である。

四、第一審被告らの責任

本件事故が第一審被告内藤の過失によって発生したものであることは前述のとおりであるから、同被告は民法第七〇九条により本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。

また、第一審被告会社が被告車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、第一審被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。なお、第一審被告会社の右同条但書による免責の抗弁が採用できないことは前記認定によって明らかである。

五、第一審原告らに賠償すべき損害額

(一)  木村三郎の損害とその賠償債権の相続

1、賃金収入の喪失による損害

《証拠省略》によると、木村三郎は本件事故当時身体健全な満四〇才の男子であり、郵政事務官として年間支給額金一五一万九、一四〇円(通勤手当を除外してもこの金額を下らない)の賃金収入を得ていたが、本件事故がなければ、その後も更に二三年間就労可能であり、その間毎年少くとも右金額の収入が得られたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そして、木村三郎の生活費は、前記木村愛子本人尋問の結果によって認められる同人方の家族構成家計の実情等諸般の事情を考慮すれば前記賃金収入の四〇パーセント程度と認めるのが相当であるから、同人の純収益は一か年金九一万一、四八四円となり、同人は本件事故がなかったならば、その後二三年間勤務し毎年右金額の割合による純収益を得られたのに本件事故のためこれを失い、これに相当する損害を蒙ったものというべきである。

そこで、これを複式ホフマン式計算法により(本件のように将来の昇給を加味せず、また三六年に達しない期間の計算の場合には、ホフマン式計算法をとることによって不合理を生ずる理由を見出し難い)年五分の割合による中間利息を控除して現価を算定すると、それは金一、三七一万三、四四〇円となる。

2、退職手当の減額による損害

《証拠省略》によれば、木村三郎が本件事故にあわないでその後二三年間勤務して退職した場合には、退職手当として金四三四万五、六八七円の支給を受けられる筈であったが、本件事故によって死亡し、その退職手当として支払われたものは金一七二万七、二五〇円であったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そして、右金四三四万五、六八七円につき単式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すると金二〇二万一、二四九円となるから、木村三郎の退職手当は、本件事故により右金額と前記一七二万七、二五〇円との差額金二九万三、九九九円の減額となり、木村三郎は同額の損害を蒙ったものというべきである。

3、右1、2の損害は合計金一、四〇〇万七、四三九円となるが、本件事故については木村三郎にも前記のとおり過失があるのでこれを斟酌し、右損害のうち同人に賠償すべきものは金一、一二〇万五、九五一円と定めるのが相当である。

そして、《証拠省略》によれば、第一審原告木村愛子は木村三郎の妻であり、同木村祐子、同木村和義はいずれも木村三郎の子であることが明らかであるから、第一審原告らは木村三郎の死亡に基づく相続により、同人の前記損害賠償債権金一、一二〇万五、九五一円を三分し、それぞれ金三七三万五、三一七円を承継取得したものというべきである。

(二)  第一審原告らの損害

1、治療費、葬儀費用等の損害

《証拠省略》によると、第一審原告木村愛子は、木村三郎の治療費等病院関係費用(一万八、五三〇円)、葬儀関係費用等(四四万八、八八五円)として合計金四六万七、四一五円を支出し、その支出は木村三郎の受傷、死亡のため必要かつ相当の範囲内のものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

したがって、同原告に対し右支出による損害の賠償がなされるべきであるが、これについても木村三郎の前記過失を斟酌し、右損害のうち同原告に賠償すべきものは金三七万三、九三二円と定めるのが相当である。

2、慰藉料

《証拠省略》によれば、第一審原告らは本件事故により一家の支柱であり、また善良な夫であり父であった木村三郎を失い、失望と悲嘆に明け暮れており多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そこで、右精神的苦痛を慰藉すべき金額を検討すると、前述した本件事故における双方の過失の内容、程度その他本件諸般の事情を綜合考慮すれば、それは第一審原告ら各自につきそれぞれ金一四〇万円と定めるのが相当である。

(三)  損害填補による控除

右(一)(二)の賠償すべき金額を合計すると、第一審原告木村愛子につき金五五〇万九、二四九円、同木村祐子、同木村和義につきそれぞれ金五一三万五、三一七円となるが、第一審原告らが第一審被告らから香典として金五万円を受領したことは当事者間に争いがなく、また《証拠省略》によれば、第一審原告らは本件事故につき自動車損害賠償責任保険から金四八〇万四、〇二五円の損害填補を受けたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そこで、右の合計金四八五万四、〇二五円を三分した金一六一万八、〇〇八円をそれぞれ控除すると、一審原告木村愛子に賠償すべき金額は三八九万一、二四一円、同木村祐子、同木村和義に賠償すべき金額はそれぞれ金三五一万七、三〇九円となる。

(四)  弁護士費用の賠償

一審原告らが、一審被告らから本件損害賠償を受けられないため、弁護士橋本純人を訴訟代理人に選任して本件訴の提起とその追行を委任したことは当裁判所に顕著であり、弁論の全趣旨によれば、同原告らは勝訴の場合、同弁護士に相当の報酬を支払うことを約定しているものと認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そして、本件事案の性質、内容、訴訟経過、認容額等本件諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の賠償相当額は、第一審原告木村愛子につき金四〇万円、同木村祐子同木村和義につきそれぞれ金三五万円と定めるのが相当である。

したがって、右弁護士費用の賠償額を含めると、第一審原告らに賠償すべき金額は、第一審原告木村愛子につき金四二九万一、二四一円、同木村祐子、同木村和義につきそれぞれ金三八六万七、三〇九円となる。

六、結論

以上のとおりであるから、第一審原告らの本訴請求は、第一審被告ら各自に対し、第一審原告木村愛子に対しては金四二九万一、二四一円、同木村祐子、同木村和義に対してはそれぞれ金三八六万七、三〇九円及び右金四二九万一、二四一円のうち金三八九万一、二四一円、右各金三八六万七、三〇九円のうち金三五一万七、三〇九円に対する本件事故による損害賠償債権発生後である昭和四六年一〇月七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容すべきであるが、その余は失当であるから棄却すべきである。したがって、第一審被告らの控訴は理由がなく棄却を免れないが、第一審原告らの控訴は一部理由があり、右控訴に基づき前記判断と異る原判決を右判断のとおり変更すべきである。

よって、第一審原告らの控訴に基づき原判決を変更し、第一審被告らの控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 外山四郎 裁判官 篠原幾馬 鬼頭季郎)

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